車いすダンスは、1997年11月、シドニーで開催された国際パラリンピック委員会(以下IPC)スポーツ競技会と実行委員会の会議において、コンビスタイルでの車いすダンスを、パラリンピック冬季プログラム種目として認める決定がなされました。パラリンピック参加のためには5大陸のうち3大陸の活動が必要であります。すでに世界的にはIPC直属の組織として登録され、ヨーロッパ地域で 世界選手権大会やヨーロッパ選手権大会 も開催されており、今後アジア・太平洋地域の活動が重要となってきています。
そして、第3回 車いすダンススポーツ世界選手権大会を日本で開催した事により、アジア・太平洋地域における車いすダンスの発展、およびトップアスリートの育成と、車いすダンスを通じてノーマライゼーションの推進、およびパラリンピック参加に向けてのアピールを行っています。
車いすダンスを通じて、物理的なバリアフリー、心のバリアフリー等、社会へのアピールも大きな目標の1つです。世界戦選手権を日本で開催する事に意義が有るのではなく、世界戦選手権を開催した事でどのように人々の心が変わったか、どのように社会が変化したか、これこそが大きな意義であります。
その結果、車いすダンスが開催された各地域をはじめ、多くの市町村では、施設(公共施設・ホテル等)の改善が進められました。浅草ビューホテルや熊本・阿蘇ビラ・パークホテルでは、身障者対応室や身障者用化粧室の新規設営も行って頂き、台東区ではこれらにかかる修繕、改築費用の助成制度等も予算化して頂きました。これはほんの一部ですが、種々の大会が社会的に意義のある事を確信しております。
21世紀の新たなグローバル社会に向けて、車いすダンスを通じて身障者や高齢者に対する認識を広め、誰にも優しい環境を創造する事により“人としての生きがい・ふれあい・生きる喜び”を実感できるような社会造りを推進します。「楽しく踊る事により、生きる喜びを得る」この理念は単に身障者と健常者を結ぶだけではなく、人種を超え、国境を越えた、卓越したグローバル社会を構築し、真のNPOとして国際社会に貢献できると信じております。
日本車いすダンススポーツ連盟の34年の軌跡を通じて、この理念の向こうに未来への道が続いていると確信しております。